梨とリンゴ

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アメリカで迎えるお盆

 アメリカに住んではいるが、幼い頃に日本のお盆の習慣を経験してきたので毎年8月のこの時期になると、自身の中にあるお盆の意識が目覚める。お墓参りに足を運ぶ事は出来ないが、静かな気持ちで手を合わせて目を閉じるその一瞬は仏壇の前や展墓にテレポテーションする感覚がある。自身という存在が今日ここに存在するのは原因という血縁が存在しての事、その原因に対して感謝の思いを置くのがお盆という時間である。

 携帯の計算機を使って計算してみれば一目瞭然であるが、誰でも10代先代は1000人を超え、2000人を超える御先祖様が存在する。500年前まで遡ると、おそらく現在の鳥取県人口に相当する御先祖様が存在しているので全員親戚みたいなもので、実は皆縁がある。通常、手を合わせて故人を拝む時そこまでの意識は沸き起こらない、また起こす必要は無いのであろう、なぜならば繋がっているからである。

 目を閉じて手を合わせると、蝉の鳴き声、線香の香り、冷えた西瓜、黄泉な景色と共に、弥生人の青谷上寺朗さんの顔も浮かんでくる。盆が過ぎると風に秋の匂いが漂う。アメリカでは夏休みが終わり新学期が始まる。また忙しい現実が始まろうとしている。

アメリカ北東部の山沿いから見上げた、昨年の8月13日の午前3時の月