梨とリンゴ

ニューヨークとっとり応援ブログ!

今月の一枚 December 2025

2025年12月21日、冬至明けの御来光

 今年の冬至明けの早朝は薄っすらと粉雪が積もった雪景色であった。薄暗い森の小道を横切り春か東の方角見渡せるがハドソン川の高台の岸壁の上に立つ。目下には誇大なハドソン川が展開し蓄えた水は流れているのかどうか分からない程に穏やかである。東の空に向かって、今年はどの様な展開で陽が顔を見せてくれるのだろうか?御来光を拝むに相応しく気持は整っているか?など、思考が駆け巡り緊張が走る。薄暗い空が蛍光灯を灯した様に明るくなった。東の空がオレンジ色に展開し、その色彩の濃い中央に蝋燭の炎を灯した様な真っ赤な陽が現れる。太陽の誕生出産である。思考が止まり言葉も失う、ただただこの瞬間に自分がここに居るという、ありのままの時間が過ぎる。この宇宙の営み、地球の運行、意識の自覚、ここに地球に生きる我々人間の分母が存在している。僕にとっては今年12月21日、この冬至明けの今日こそが新しい年の始まりなのだ。今から、師走に向けて、そして元旦を迎える為の準備が始まる。

落葉の絨毯

地に舞い落ちた紅葉の絨毯を踏むのも、秋の紅葉を楽しむ事の一環なのだ

 ニューヨークの周辺にはブナやカシ、そしてカエデ等の多くの広葉樹の森が存在する。森の木々は不思議だ、季節の変わり目になると一斉に全て揃って表情を変える、例外は無い。これが自然の力であり摂理なのである。秋も中盤を過ぎる頃、木々を着飾っていた紅葉は落葉し地面を覆う。世の人々はあまり意識しないが、秋の紅葉の美しさを楽しむのは上流(木に付いた見上げる紅葉)と下流(地に落ちて踏みつける落葉)の二つの楽しみの流れがある。地面を覆う紅葉のふかふかの絨毯の上を歩く事は、これまた、時間限定の楽しみ方なのである。秋の紅葉は頭の上から靴の下にかけて眼と感触で楽しむものである。

今月の一枚 October 2025

紅葉のピーク、激しく燃えるニシキギに感動する

 職場の玄関の周辺に植えられているニシキギ(錦木)が深まる秋の経過の中で真っ赤に燃えている。このニシキギが今が秋の真ん中である事を表現している。秋の広葉樹にはその美しい色合いに、はっ!と心を囚われる事がある。広葉樹の美しさは時間限定である。おおよそこの世の美しいものや光景は何一つとして自分のものにする事は出来ない、唯一出来ることは美しさを眺め経験する事だけである。つまり、美しさと儚さはコインサイドで成り立っている。秋の紅葉が美しいのはこの美しさに必ず終わりがやってくるからである。あと一週間、可能な限り眺めて納めておきたい光景である。

カブトガニ

童心を持ってカブトガニ達と友達になり、一緒に遊んでもらう!(笑)

 仕事でフロリダ州のタンパというアメリカ湾に接した美しい海岸の街に滞在している。夏が終わったニューヨークは秋の紅葉も深まり朝には肌寒さを感じるが、ここタンパに来てからは時間が数ヶ月逆戻りしたかの様に爽やかな夏が続いている。気温が暖かいと室内に篭るのがもったいなく感じ、時間を設けて海岸に出かける。タンパには波が少ない内海(湾)がある。波打ち際には何か黒いものがうじゃうじゃしていて、近寄ってみると、おっ!カブトガニ。自然のカブトカニに触れるのは初めてである。今は繁殖の季節で波打ち際に沢山集まってくるらしい。カブトガニは日本では生きている化石と称され格上げされており、名前にカニが付くので蟹の仲間と思いがちであるが、実はサソリやクモと同じキョウカク類である。甲羅を叩いたり、ひっくり返してみたりして、戯れる。浦島太郎の昔話に出てくる、海辺で亀をいじめているわらし(子供)の様でもある。カブトガニは可愛いくもミスれリアスであった。

今月の一枚 September 2025

One World Trade Center ( 旧称 Freedom Tower )

 時間の量を計るものさしとして2001年9月11日がある。毎年この日が近付くと、あの日のマンハッタンの混沌とした世界に引きずり込まれる。それは、青く澄み切った9月の空の下に、不似合いな灰色の雲が出現し、黒くくすんだ空気がニューヨークをの街を覆ったあの光景である。けたたましいサイレンの音が行き場を失い覆いかぶさり、焦げたネガティブな臭いが街の隅々に充満した。あの日からどれ程の月日が経過したのだろう? あの時の記憶が、時の経過を計る人生の分水嶺となっている。911はニューヨークの街の歴史から見ても大きな出来事であり、合衆国の、更には世界を激震する出来事であった。

 嘗てのワールドトレードセンターの敷地に聳える旧称フリーダムタワー。ニューヨークを象徴するこの1776フィートの建物はあの日のモニュメントである。

鳥取百景

伝える、という作業を文書ではなく写真で、活きた写真集。

 鳥取百景は鳥取県出身の写真家 池本善巳氏 の写真集で平成11年(1999年)に鳥取銀行創立50周年を記念して出版された。37x24センチの横開きの写真集はずっしりとしており、その重さに感情を感じる。デジタルではなくカラー写真の紙の好さという趣を保っている。写真集には100枚のパノラマ写真が収められており、その一枚一枚にストーリーがある。一枚の写真に求めるのは写真家の感動や意思の内面を究極まで表現する作業である。池本氏は写真集のあとがきの中で以下の思いを記されていrる。(以下引用)

 

 "風景は突然変異する。失敗の積み重ねが、待つことを教えてくれた。光が見える。またたく内に雲が魚鱗のように輝いて空を埋めつくし、鏡の様な水面と一体となった。走る、撮っては走る。夢中だった。眼の前のドラマを一人じめしていることの贅沢さ。これだから辞められない。風景に生命を与えるのは、自然のちょっとした気まぐれだ。大切なことは、そこにいる事だ。”

池本喜巳

 

 時々写真集を開くと鳥取の風と匂いを感じ、まだ知らぬ鳥取の光景に遭遇する。100枚の写真を収めるのに3年以上の歳月が掛かっている、この写真集を残して下さった池本氏とその関係者の方々に深く感謝したい。我々も今日、写真家の眼を持っていい光景と出会いたい。

今月の一枚 August 2025

ナバホ国の聖地モニュメントバレー、ミトンと呼ばれる6,000万年をかけた彫刻

 今年の御盆の期間はアメリカ西部のアリゾナ州で過ごした。日本の8月の中頃は終戦時の空気と重なり、蝉の鳴き声と夕蛍で黄泉の世界が重なる気配を感じる。アリゾナの夏は極度に乾燥し湿度の多い日本とは対照的ではあるが、そこは日本人、旅には御盆の意識を携帯している。実はアリゾナアメリカの中で特にスピリチャルな土地であるのは知られている。ここに足を踏み入れると。広大な台地、無限に深い夜空、風、花、氷河で削られた岩の彫刻、そして今ここにあるという自分の意識。全ては一つ、一つは全て。この世に生を受けた人間は必ず還って逝く魂の循環、千の風。モニュメントバレーの巨大な巨石は日本の墓石を思わせる。この世を卒業した御先祖様が御盆に子孫のもとに遊びに来られた時に何を看て一番喜ばれるのか?を考えた時に。現世に生きる我々が情熱を持って生活している、これが全てではないかと思っている。その過程が御墓参りであり、そこにある自覚と決意こそが御先祖様にとってはごっつぉお!なのである。

今月の一枚 July 2025

大阪万博で活躍しているトリピー

 今年5月にニューヨークで行われたジャパンパレードで、人々の歓声が一際大きかったのが、オープンカーに乗った着ぐるみキティちゃんでした。沿道の群衆に手を振るだけであるが、そのウケの好さには驚いた。現在開催中の大阪、関西万博でトリピーが大活躍しているとの事。トリピーはシャキシャキした薄緑色の丸い二十世紀梨に羽が生えたキャラクターで、1997年に鳥取県で開催された、夢みなと博覧会のキャラクターとして誕生し、現在28歳である。実物のトリピー短足であるが、実写版は可愛くもカッコいい!普段は水兵のセーラー服をまとっているが、実は様々な衣装を持っているらしい。トリピーは万博の会場で皆を笑顔にしてくれる幸せな存在です。それにしても着ぐるみをまとっているお兄さん?暑くて大変でしょう。休憩と水分補給はしっかりとって下さいね。ぼちぼちいきましょう、ぼちぼち。さりげなくスイカをアピールしている所がうけますね。

バーモント産のリンゴ酢

バーモント州で収穫されたリンゴから作られたリンゴ酢

 地名はそのままブランドに繋がる。その土地の存在そのものがブランドなのだ。少し分かりづらい説明かも知れないが、名称には波動が秘められている。その地名を耳にする事によって感じる印象イメージこそが、その名称の持つ存在価値である。バーモント州は豊かな緑と多くの山と水に恵まれた土地である。特産品はリンゴとメープルシロップ等で多くはないが、なぜか静かで緑豊かなポジティブなイメージがある。この例えを鳥取県民に説明するには、大山乳業農業共同組合が提供する、白バラ牛乳が分かりやすい。その名を耳にするだけで緑豊かな大山の裾野の牧場で穏やかに草を食している牛から搾られた。というイメージが沸く、その印象が大事なのである。バーモントと名の付く商品には他に代える事が出来ない価値が秘められている。

パリセイドのルビー

パリセイド公園のラズベリーを、パリセイドのルビーと名付けた。

 毎年7月の初旬から半ば過ぎにかけてニューヨーク周辺の自然の森では、ラズベリーの最盛期を迎える。今年もラズベリーの季節がやってきた。いつも出かけるニュージャジー州にあるハドソン川沿いのパリセイド自然公園で、路肩に茂るラズベリーをつまんで口の中に入れると、甘酸っぱい豊かな自然の恵みを感じる事が出来る。夏の強い日差しの下で汗をかいた運動の休憩にはもってこい!である。ラズベリーの摘み方には性格が表れるようだ。一心不乱に片手に実を集めてガバッ!といっきに口に放り込む食べ方が最高に贅沢である。夏を満喫するという体現そのもである。口に残る種子をコリコリしながら、俺って欲張り者なのだなぁ。と、つくづく納得するのである。